大峯奥駈道

January 19, 2020

参加者:CL杉森(3)、SL須田(2)、野下(1)

 

8/31(1日目)

天候:晴れのち霧

1100吉野発 

1340青根ヶ峰 

1600足摺宿 

 

 修験道や神道や仏教、いわゆる宗教学に興味があったのでこのような山行を立ててみたいと昔から思っていた。信仰の対象が実在するしないに限らず、それを信じていれば各人が善人であろうと努め、信仰のための大規模な建築などの公共事業も促進される。個人的にはその当時の最高峰の技術と今では考えられないような労働力を使って作られた建築物にロマンを感じる。最高だと思う。

 あとはまあ、昔読んだ漫画で修験道を極めたキャラクターが式神を使役し、最終的におっきな天狗を操ってバトルしていたので(どんな漫画だよ)修験道に興味があったことも理由の1つだろう。シャーマンキングの話はこれくらいにして、今回の縦走について述べていこう。夏季の縦走を考えている方(特に複数人テント泊)は、総括の方に装備やら水やら注意事項をまとめておいたのでそちらを参考にしていただきたい。

 

 前日は18切符で東京から京都までゆっくり進み、京都大学の吉田寮にて宿泊した。かなり愉快な宿だった。3泊ぐらいすればもっと楽しかったと思う。早朝に寮を出てスーパーで買い出し、電車で吉野まで向かって入山した。吉野は標高が低く、予想以上の気温に一抹の不安を覚えたが高度を上げていくとそうでもなかった。

 上千本(奥千本?)のあたりで各家に配管されているであろう水道の分岐を発見(ちょっと何言ってるかわからないと思うけど、みたらわかるとも思う)そこで水を汲んだ訳だが、結果的にもっと上の方に水道があった。探していないが金峯山寺とかにもありそう。舗装されてはいるものの急登が続き、縦走初日ということもあって少ししんどかった。須田が足の痛みを訴えペースが上がらなかったものの、彼は自分のペース(思考や体力に余裕を持った状態)で歩き続けることができるのでバテる心配をしなくていいのが助かる。特に危険箇所などもなくゆっくりと進んだ。

 入山の遅れから二蔵宿は諦め、足摺小屋にて幕営した。足摺小屋の内部は一般的な小屋とは異なり、仏像や護摩供のためのスペースとそれを取り囲むようにコンクリートのブロックが配置されているだけだった。避難場所としては使えるが中のスペースも十分ではないため、使用を前提とした計画はあまりお勧めできない。(杉森記)

 

9/1(2日目)

天候:曇のち雨 

0530足摺宿発 

0740大天井ヶ岳 

1140山上ヶ岳 

1500大普賢岳 

1610稚児泊

 

山上ヶ岳は女人禁制の山で、各登山口には女人結界門なるものが建っているのだが、21世紀に女人禁制を布くのもなかなか大変なようで、五番関の女人結界門には女人禁制だとかその理由だとかを書いた看板が3つも置いてあった。山上ヶ岳では「こんにちは」の代わりに「お参り」と挨拶をするらしく、すれ違う登山者へいつものように「こんにちは~」と声をかけようとすると、向こうが先に「お参り~」というので、「こんにちっ、おっ、お参りっ!」とにわかを晒してしまう。山頂に近づくにつれ建物も増えてきて、西ノ覗なる切り立った岩場では半身乗り出して懺悔している人までいる。個人的には山頂の寺院をゆっくり見て回りたかったが、縦走中であることからほぼスルー。その後の行程は、足が痛かったことと翌日分の水を担いでいて荷物が重かったこと、加えて雨に降られたことしか覚えていない。ただ、この日幕営した国見岳と七曜岳の間の稚児泊は、雨上がりということもあり最高に良い雰囲気で、3泊くらいしてもよく感じた。(須田記)

 

 

                                稚児泊

 

9/2 (3日目)

天候:晴れ

0520稚児泊発 

0745行者還岳 

1150弥山 

 

上の消化した行程の記録を見れば分かるように、大体この辺から面倒になって、記録もざっくりしたものになっていますので、山行記の方もざっくり書いていきたいと思います。

3日目で印象に残っていることは、割と歩いていくうちに、植生が変わっていたことです。それは、高校の生物の植生の時間を全て内職に費やした人間が、植生の勉強始めようかな、と思うほどです。具体的にどんな感じというのは言えないが残念ですが…(理由は前述の通り)。それと、全然植生分からないので、太陽の当たる感じとか、全く人に会わないので、植物ばっかり見ていて気が狂った、という可能性もありますので、悪しからず。

それと、僕が先頭を歩いていた時に、登山道をすごい勢いでシカが横切ったのも3日目でした。結構、迫力あって、すごいな、と思ったと同時に、本当に人来ないんだな、と思った瞬間でした。

もう一つ、3日目で印象に残っているのは、CLの杉森さんが後程ネタにしている須田VS野下が落ち着いた、というか冷戦状態に突入した日でした。須田VS野下とはなんぞや、という人のために簡単に説明すると、須田さんと僕、野下は、山岳部の中で1,2を争うほど仲が悪いのです。それは、これまで幾度となく血を血で洗う骨肉の争いを繰り広げてきたことからも分かります。

さて、話を本題に戻しますと、それまでの2日間は、本気でバチバチやっていたのですが、3日目になってくると、話さないことが、最もストレスをためずに済むのではないか、と思ったので、話さなくなり、冷戦期に突入しました。しかし、これが間違いでした。大峯奥駈道、ただでさえ人と会わない(1週間入っていて人と会った回数は片手で足りるし、会った日も同じ日に集中しているので、人に会わない日などざら)にも関わらず、たった3人しかいない中、2人が話さない。CLの杉森さんは計画が上手く回っているのかの確認、また計画の修正に忙しいので、いつも以上に寡黙。つまり、パーティー内での会話は無く、聞こえてくるのは、須田さんの鼻歌のみ。それによって、さらにストレスが溜まり、口を開けば喧嘩。しかし、杉森さんは仲裁せず(その理由は、CL杉森さんが後程書いている7日目の山行記に)。割とカオスでした。そんな感じで3日目、行動終了。幕営地の弥山にある神社は割と立派で良かったです。神社の縁みたいなものが書いてあったのですが、なんかめちゃくちゃかっこよかったです。(野下記)

 

 

弥山神社(本当はこの後ろに立派な鳥居があります)

 

弥山神社の縁

 

 

 

 

9/3(4日目)

天候:晴れのち雨 

0450弥山発 

0515八経ヶ岳 

0950孔雀岳 

1130釈迦ヶ岳 

1230深仙宿

 

 弥山は設備がかなりよかったのでおすすめです。水場近いし。八経ヶ岳まで25分で着いたのがありがたい。前日に頑張っていっぱい登った甲斐があった。八経ヶ岳は近畿の最高峰らしいよ。知ってた?五鈷峰やら孔雀岳以降の危険箇所はめちゃめちゃ危ないというわけではなく、落ちたら怪我しそうだからやだな〜という程度。真下に岩が見えているだけで落ちた際のダメージがもっと大きそうな場所は草の生えた斜面でたくさんあった。やはり分かりやすい危険は怪我のリスクが少ないというのを実感した。

 かくし水で水を汲んでから深仙宿に向かうことにしたが、かくし水の位置が少し分かりにくかった。尾根から逸れて左手の斜面を下っていくと踏み跡が見つかるので、そこに合流してから左へ向かうとよいよ。ちなみにかくし水から深仙宿までの道中、電波入らんかった。(杉森記)

 

9/4(5日目)

天候:晴れのち雨 

0430深仙発 

0700地蔵岳 

0825涅槃岳 

1100平治宿 

1330行仙岳 

1400行仙宿

 

計画では深仙近くの大日岳に立ち寄る予定であったが、朝早くまだ暗いということで大日岳はカット。少し進むと「これより大峯南奥駈け道」の看板があり、「うへぇまだ後半分もあるのか」と思ったが、それを口にすると流石に戦争が起きるので黙って歩いた。鼻歌を歌っていたかもしれない。南奥駈道はそれまで歩いてきた北側と大分様相が異なり至って穏やか。数多のピークを超えるのだが、どれもピーク然とはしておらず地味な感じ。涅槃岳、転法輪岳、般若岳、阿須迦利岳、証誠無漏岳、と仰々しい名前を冠しているが、釈迦ヶ岳のように山頂に像が建っているというわけではなく、少し残念だった。同時に、そんなことを残念がってしまう自分も残念に感じた。修験の道を4日間歩いてきたが、どうやら涅槃には到底至れていないらしい。

 

9/5(6日目)

天候:曇り時々雨

0450行仙宿発 

0620笠捨山 

0730地蔵岳 

1030古屋の辻 

1300玉置神社 

1400玉置辻 

 

6日目です。そろそろ皆さん、山行記読むのも飽きてきたと思うので、サクッといきます。

6日目ともなると、ゴールが見えてきて、隊にも明るい雰囲気が。その気分とは裏腹に朝から小雨がぱらついていました。そのせいか、相変わらず寡黙にみんな歩いていました。

この日のトピックとしては、玉置神社でご馳走になったお茶がめちゃくちゃ美味しかったです。これから山に行く(特に長期縦走に行く方など)は、お茶のパック、持っていくといいと思います。それだけで、軽くテンション上がります(大峯で疲れていて、人と久しぶりに会ったので、補正かかっているかもしれませんが…)。

それと、玉置辻が車道の脇みたいなところで、そこに幕営したので、玉置神社にお客さんを運ぶタクシーの運転手の方に怪訝そうな目で見られました。だからなに?っていう話なんですけど、そんなことくらいしかこの日は書くことないです…。山場もなく、ただ黙々と歩いた印象ですね。

 

さて、僕が担当する大峯の山行記は、6日目が最後なので、少し全体を通した感想を。

今回の大峯の印象を簡単に述べるなら、人がいなくて、静かで、孤独で、神聖な気持ちになれたり昔の修験者の人たちに思いを馳せたり出来て、最初と最後ちょっぴり暑い、という感じでしょうか。僕は個人的には、人と会わない山の方が、どちらかといえば好きなのですが、それにしても大峯は人に会わなさすぎですね。それと、人と会わない事を差し引いても、結構好きな山でした。今度は沢登りで行ってみたいです。

あと、山は仲のいい人と行きましょう。須田VS野下は半分以上ネタ(内輪ネタ)ですが、それでも中期以上の山行を一緒に行く人とはある程度の信頼感や仲の良さみたいなものがあった方がいいです。人は疲れたり山にそれなりの期間入っていたりすると、その人の本性のようなものが出ます。それを理解した上で、それでも信頼出来る、一緒に山に行ってもいい、という人と山に行かないと、自分の思っていることを言えなくなります。これは、自分の命をかけて山に挑んでいる人間として、非常に危険な状態です。その意味で、安全とかを考えても、やっぱり山は自分の仲のいい人、尊敬できる人、好きな人と行きましょう。まあ、山岳部なんていう組織に所属していると、人によっていろんな山の考えがあったりなかったりすることを痛感しますし、それを知ることは面白いのですが、それが煮詰まっていない状態で行くと、さっきのようなことが起こりかねないなぁ、と感じた、そんな山行でした。

最後まで駄文を読んでくださり、ありがとうございました。

是非、最終日もお読みください。(野下記)

 

                            大峯奥駈道地図

 

大峯奥駈道 世界遺産の碑(想像していたものよりかなりショボかった)

 

9/6(7日目)

天候:曇りのち晴れ 

0430玉置辻発 

0540大森山 

0700五大尊岳 

0800金剛多和 

0820大黒天神岳 

1200熊野本宮 

 

 最終日、ちょろいと思って舐めてかかると意外と長くてうんざりするので気をつけてほしい。完全に無駄に余っているお米とガスをなぜか歩荷しているのが笑える。何わろとんねん。

 特に特徴もないような下山路だったと思う。だって何も覚えてないから。順峰は最初にこれを登るのか〜嫌だな〜って思ったけどそれは吉野も一緒なんだよね。そうして下山し、川を渡って河岸を少し歩いてゴール。いえーい。

 めちゃめちゃでかい鳥居があってウケた。鳥居がでかすぎるせいで「鳥居を潜る時は外側の足で〜」みたいな礼儀が死んでいた。うんちくおじさんスレイヤーだ。アンチピック。

 

 総括をしよう。暑さを恐れていたが幸運(不運)なことに縦走中、毎日微妙に天気が悪く気温はそこまで上がらなかった。ので、猛暑の中の縦走にはならなかった。損耗にならなくてごめんね。また、もう一つの懸念事項であった水であるが、実際汗は大量にかいたので水は運送できるようなタンクを持ち歩くことをおすすめする。我々は行動中使用2L・幕営と翌日の行動用として4L運べるようにしたが、流石にそこまではいらなかったかもしれない。あと幕営装備はシュラフカバーで十分だった。細かい質問などあれば気軽に聞いてほしいです。

 縦走中、須田と野下がずーーーーーーっと微妙に揉めていて面白かった。CLとして止めろと言われるかもしれないが、許容範囲内だったと思う。須田がマイペースだったこと、軽く野下を煽っていたこと、野下がなぜか急いていて精神的な余裕が少なかったことが理由だと思うが、幕営・下山時はそれなりに仲良くしていた。よくわかんないね。

 残念ながら去年の北ア隊のように謎の言語や謎のノリが生まれることはなかった。おそらく彼らは高いところに滞在しすぎたせいで神の怒りを買って我々と意思の疎通ができないようにされてしまったのだろう。幸いにも我々の縦走隊は山の標高が低いため、そのような事態には陥らなかった。よかったね。(杉森記)

 

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