2017/03/04~10 槍ヶ岳中崎尾根

April 23, 2017

著者

0304 槍ヶ岳中崎尾根

メンバー:CL鈴木(3)、SL千田(2)、大村(2)、網野(1)

 

3/3(移動日) 0600仙台駅 集合→1730松本駅→1930新穂高温泉→2000中崎尾根取付 幕営

3/4(晴れ) 0430起床→0600発→0910 1650mピーク→1010中崎山→1145 1816mピーク→1250 1942mピーク直下 幕営

3/5(晴れ) 0400起床→0545発→0555 1942mピーク→0800 2355mピーク→0920奥丸山→1100 2400m地点(BC) 幕営

3/6 二つ玉低気圧通過のため停滞。

3/7 西高東低の冬型が強くきまっていたため停滞。

3/8(くもり時々雪) 0400起床→0650発→0850 2500m付近にて引き返し→0920BC着

3/9(雪) 0400起床→0710発→1110奥丸山→1340 1942mピーク 幕営

3/10(雪のち晴れ) 0400起床→0630発→0810 1816mピーク→1000中崎山→1200新穂高温泉 下山→1600 松本駅 解散

 

3/3 (移動日)

この日は移動日だった。仙台から松本まで、鈍行電車で11時間の長旅である。途中、乗り換え時間1分という箇所もあり、重いザックを背負って駅構内を爆走する場面もあった。傍から見ればとんでもない迷惑であるが、こっちだって必死なのだ。いやむしろ人口が多い関東圏が悪いのでは?とさえ思えてくる。

何はともあれ17時半に松本駅着。タクシーを呼んでいたのでそれに乗り込み、新穂高温泉を目指した。松本から新穂高まではタクシー代が2万ちょいくらい。なんとも遠い距離なのだが他に足がないのだから仕方がない(もしかしたらバスがあったかも)。

20時、中崎尾根の取り付き地点まで行き、下界の雰囲気をたっぷりと感じながら眠りについた。

 

3/4 (1日目)

4時半起床。予備山行では4-5人用テントに3人で寝ていたので快適だったが、今回は4人である。さらに冬山装備はほぼすべてテント内に入れるため、なかなかに狭い。快眠とは言いがたかったが、眠たい目をこすりながら出発準備に取り掛かるのであった。

中崎尾根にトレースはないだろうと予想していたが、案の定トレースは皆無であった。こんな所に来るのは暇で物好きな大学生くらいだろう。しかしながら天気は晴天、雪もちょうどいい具合に締まっていて、ラッセル好きの筆者にとってはたまらないコンディションである。状況次第では相当な苦戦を強いられることも覚悟していたが、4時間ほどで中崎山に立つことが出来た。

予定では中崎山の先にある1816mのピークで幕営としていたが、かなり順調で巻いて進んでいたため、もう少し足を延ばすこととした。尾根の向きが変わる1942mピークの直下にて、12時50分に幕営した。テントを張った後、まだ時間に余裕があるということで翌日分のルート工作に出かけた。やっぱり空身で歩くというのは気持ちがいい。快適なラッセルを1時間ほどこなして帰幕した。

 

3/5 (2日目)

この日も朝から晴れていた。前日にルート工作していた部分のラッセル痕はしっかり残っていて、非常に快適に高度を稼いだ。奥丸山の直下にたどり着くと、そこは20~30mほどの高さの雪壁となっていた。ここで、本山行中初めてアイゼンとピッケルを装着した。まず2年大村が雪壁に取り付く。雪は不安定で、蹴り込めば蹴り込むほど崩れていくようであった。半分ほど登ったところで千田と先頭を交代。千田も意気込んで壁に挑んでいったが、脆い雪に苦戦していた。四肢を雪に刺し込み、なんとかこの雪壁を突破した。

奥丸山へと続く稜線からは、前方に槍ヶ岳の穂先を望むことが出来た。パーティーの士気も一段と高まっていくのが感じられた。

11時、2400m地点にてこの日は幕営とした。まだ晴れていたためこの日のうちにピークを目指すことも話し合ったが、隊員に疲労の色が見え始めていたこと、まだ核心部が先にあるため思わぬ形で時間を食ってしまう可能性などを考慮し、ここで行動を終了した。

 1日目2日目はすばらしい快晴だった

 

3/6 (3日目)

この日は二つ玉低気圧が接近してきていた。我々は朝の段階で停滞を決定した。テント内から外を見ると、時折空が明るくなることはあったが、基本的にはガスで槍の穂先も見えなかった。

すっかり暇になった我々はカラオケ大会をして盛り上がった。特に、鈴木と大村はUVERworldの大ファンであり、歌いだすと止まらなかった。何時間も色々と聞かされたおかげで、筆者もイントロで「あ、これはUVERの曲だ」と分かるようになってしまった。。。

翌日は西高東低がバッチリ決まることがわかっていたので、この日の時点で停滞を決定した。どうやらこれは長い戦いになりそうだ。何とも言えない高揚感を胸に眠りについた。

 

3/7 (4日目)

前日に決めたとおりこの日も停滞した。前日のカラオケ大会で疲れたのか、この日は皆口数が少なめだった。それぞれ持ってきた文庫本を回し読みしたり、ラジオを聴いたり、適当に時間をつぶした。何もやることがないというのは結構しんどい。停滞初日はまだいいが、これが続くと下界が恋しくなってくるし、風呂に入りたい欲もなぜかすごく出てきてしまう。困ったものだ。早く行動したい~ああ~。つらい~~。たっぷり昼寝しているので眠れるはずはないのだが、日が没しては仕方がない。寝た。

 3日間停滞した場所

 

3/8 (5日目)

この日も冬型といえば冬型だったが、前日よりは等圧線の間隔は広くなっており、緩まっていることが予想された。残りの日数もそんなに豊富なわけではなかったので、この日をアタック日とした。6時頃には出発の準備は整っていたが、空がまだ暗かったので明るくなるのを1時間ほど待ってから出発した。

正直、期待したほど天気は良くなかった。めっちゃガス。視界は100m程度だった。当然ながら槍の姿は全く見えず。登頂はもしかしたら厳しいかもな。そんな思いが胸をよぎる。

ここ二日の降雪で稜線上にはかなりの雪が積もっていて、数日前に設営した時とは全く異なる景色がそこには広がっていた。雪庇もかなり張り出しているようだが、ガスっていて正確にその規模を把握するのは難しかった。

テントを出て出発するときから我々はコンテをした。ある程度のお互いの距離を保ちながら進んでいく。ほどよい緊張感であった。1時間ほど歩くと次第に晴れ間も出てきて、隊も活気づいた。

2450mを超えた辺りでは稜線の東側斜面をトラバースするシーンがあった。ここはスタカットをして安全に通過した。まあザイルを出さなくてもいけるかなあとは思ったが、こんな所で滑落なんてしたらどこまで落ちていくかわからない。冬山ではいつも以上に安全マージンを取るべきだろう。

スタカットで斜面のトラバースを突破して間もなく、尾根を乗り越して反対側に行きたい場面が出てきた。さてどこから乗っ越せば安全だろうか。しかし、目視では雪庇の末端が確認できない。ガスのせいである。少し近づいてみたりもしたが、やはり極めて不明瞭であった。やむなし。悔しいが今日はここで引き返すこととした。途中まで偵察できたと考えれば多少は気が和らいだ。

テントに戻り、翌日の行動について話し合った。我々に残されているのは3/9-11の残り三日。明日もし仮にアタックしたとして、果たして残りの二日で新穂高まで下山できるだろうか。ここ数日のドカ雪があるため、雪崩のリスクを考えると槍平の方に下りて沢沿いを歩くのは避けたかった。そうなると、登ってきたこの中崎尾根をそのまま引き返すことになるのだが、これまたやはりドカ雪のせいで来た時とはかなり状況が変わっている。この幕営地に来るまで丸二日を要しているが、下りは当然それと同等、あるいはさらに多くの時間がかかることは想像に難くなかった。

我々の敗退が決まった。再アタックすることは無謀に等しい行為であった。

 

3/9 (6日目)

撤退が決定していた我々は早速テントを潰し始めた。が、相当な苦労を強いられることとなった。なんせ4泊分も立ちっぱなしだったこのテントである。ポールがバリバリに凍り付いていた。さらに雪の重みで少しひん曲がってしまっているようだ。数十分かけて何とかポールを引っこ抜き、テントを片して、出発した。

この日も昨日と同様、スタート時からコンテをして進んだ。登ってきたときはせいぜい膝程度のラッセルでずいぶんと楽に高度を稼いでいたが、帰りは腰以上のラッセルとなっていた。なるほど。これが中崎尾根か。数日前に登った時は、なんだこんなに進んじゃっていいのかちょっと楽すぎじゃね?などと舐めた口をきいていたが、帰りに本当の中崎尾根の姿を思い知らされることとなった。

そうは言ってもラッセル厨の筆者である。たまらん楽しかった。いやあ、いいねえうんうん等独り言を言いながら雪をかき分けていった。

苦戦はしたもののなんだかんだ順調に高度を下げ、初日の幕営地とほぼ同じ地点、1942mピークにてテントを張った。うまくいけば明日下山である。みんなどことなく嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

3/10 (7日目)

幕営した1942mピークから下側は尾根が広くなっており、意外とルートファインディングに苦戦した。地図上に出ている微地形と現場の状況を照らし合わせる作業は登山の基本ともいえるが、その技術がまだまだ未熟だなあと感じた。こういう誰でも出来そうな簡単なことを一つ一つ丁寧にこなしていくことが、安全な登山につながっていくものである。

中崎山に至ると、そこから先はあっという間だった。中崎山から南西に延びている沢地形のど真ん中を下り、小ピークを超えれば、あとは標高差500mの尾根の末端部をかけ下るだけである。尾根末端の夏道の登山口に目標を定めコンパスを振り、軌道修正しつつもどんどん下った。

林道に出た。目標としていた夏道の登山口からは50mほど東側にずれてしまった。及第点といいたいところだが、もう少し精度を高めるべき。

何はともあれ、かくして我々は下界への帰還を果たしたのであった。

 

軽く装備の片づけをしたのち、近くにあった「中崎山荘 奥飛騨の湯」にお邪魔して入浴。でかでかと「日帰り入浴」みたいなのぼりを出していたから行けば一目で見つかるかと。とってもいい湯でした。ええ。やっぱ下山後は温泉だよな。長期だとなおさらそれを感じますねえ。いやあ最高でした。

帰りはタクシーを呼んだ。行きで松本駅から新穂高まで送ってくれたあのお方がまたいらしてくれました。これも本当に感謝ですね(泣)。ちなみにこの人は関西のお方らしく、信州については勉強中とのこと。あと趣味は釣りと相撲観戦だそうです。そうそう相撲といえば今はやっぱり稀勢の里ですね。日本人横綱の活躍から目が離せません。応援しましょう。

 

そんなこんなで松本駅着。山岳部御用達の松屋で下界の肉を堪能し、解散。

それぞれの地元へと散っていった。

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